常に時間が足りないと感じる毎日
レバレッジ特許翻訳講座を始めてから1年半以上経ちましたが、受講開始当時と変わらず目まぐるしい毎日を過ごしています。
週末どころか、お盆やお正月もまともに遊んでいられない状態。
もちろん、家族内でのバランスが崩れないように、たまの家族サービスを忘れてはいけません。
でも、学習や、知識の向上、ブログの更新など、何かしら今後に役立つであろうことをしていないと罪悪感を感じてしまうのが、この講座のあるあるですね。
家事の時間に、講座ビデオを視聴するのはやりすぎ?
ところで。
昨日、主人とのやり取りで、カチンときた出来事があります。
ここ数日間、実ジョブ中心に時間を使っていました。
それを見ていた主人が、夕食の準備を手伝ってくれると言ったのです。
主人は他の男性に比べれば、食事や家事などの手伝いを、率先してやってくれる方だと思います。
週末だろうと祝日だろうと、仕事を抱えていても家族の世話をしなければいけない者にとって、その声掛けはとてもありがたいもの。
じゃあ、今から手伝ってね、とiPadとイヤホンを持ってキッチンに行こうとしたら…。
「なんで、夕食の準備のときまでiPad使う必要があるの?それって、やりすぎなんじゃない?」
との質問が飛んできました。
そして、
「準備してる間にiPadで勉強するっていうんだったら、自分は手伝わないよ」
とまで言われてしまいました。
思わず、チッ、と舌打ちしたくなりましたが、今回は手伝ってもらうことを優先し、タブレットでの学習はあきらめることに。
案件を抱えているときは、買い物や夕食準備中(いわゆるPCを使って仕事をしていないとき)のみが、講座ビデオを思いっきり楽しめる時間です。
なので今回のように、自分の思った通りの行動が取れなくなると、かなりイラっときますね。
家族との時間も大切だと思う
ただ、「一緒にいるのに、家族としての会話さえ楽しめないなんておかしい」という主人の主張もよくわかります。
子どもの頃、自営の両親が会社について、家で絶えず話し合いをしていたことに、すごく不満を感じていたのを、今でもはっきりと覚えています。
実際に、「自分がいるときは会社の話はやめてくれ!」と、両親の前でブチ切れたことが1度だけありました。
ですから、主人の訴えは真っ当なものです。
自分にとって、家族はかけがえのない存在です。
将来、家族を守っていきたいと思っているからこそ、フリーランス翻訳者として生計を立てられるように、日々努力しています。
でも、プロの翻訳者としての安定した地位を確立するには、それなりのお金と膨大な時間を費やす必要があるのも事実。
そんな理由から、今、すごいジレンマに陥っている状態です。
どの時間を選択し、どの時間を切り捨てるか?
家族との時間、翻訳者として活躍できるようになるまでの準備の時間、そして実際にジョブをこなす時間、将来のために新しい行動を起こすためのスラックの時間、家事の時間、そして自分の余暇のための時間…。
全てを満足させるには、1日100時間あっても足りません。
しかし、1日は、誰にとっても、24時間ぽっきり。
ということは、どこかで、何かを切り捨てる必要があるのです。
以前のブログにも書きましたが、今は家族との時間を犠牲にしています。
しかし、今後もっと稼げるようになったら、別の時間を切り捨てたいと考えています。
将来、「家事の時間」をうまく切り捨てたい
今、一番切り捨てたい時間は、「家事の時間」でしょうか。
クッキングやベーキングはけっこう好きなので、将来の趣味としての楽しみに取っておくことにします。
しかし、掃除や買い物、忙しいときの食事の用意など、誰かに代わりにやってほしい、というのが本音。
特に、掃除と洗濯が嫌い(主婦失格)なので、誰かがやってくれると本当に助かります。
今はまだ大して稼げていないので家事を全て自分でこなしていますが、いつか十分に稼げるようになったら、ぜひ家事代行サービスを利用してみたいですね。
あるいは、子どもたちをシッカリ教育して、家事全てを任せるようにするか。
まぁ、2人とも小学生、特に下の子はまだ低学年なので、料理を教え込むことはちょっとムリそうですが…。
こんな感じのサービスを使えるようになるといいなぁ。
トライアルなら、家事の2.5時間が、4980円。
その他サービスは、1時間3000~5000円くらいなようです。
こんなサービスを、サクッと買えるぐらいの稼ぎにしたいものです。
この願望を人参として目の前にぶら下げ、これからも馬のごとく駆け抜けていきたいと思います。