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特定企業の独特な言い回し

対訳を始めてから、見えてきたことがあります。

 

その1つが、「特定の企業は、明細書内で独特な用語や言い回しを使用している」です。

 

現在ASML社の露光装置の対訳に取りかかっていますが、日系の光学機器メーカーであるニコンやキヤノンでは使われていないような言い回しが所々で出てくるため、戸惑うことがあります。

以前に講座ビデオで取り上げていただいた「パターニングデバイス」も含まれますが、これに違和感を覚えることなく、「翻訳メモリに吸い上げられてラッキー」とコピペでメモリの増強(増弱?)しまうと、後で大変なことになるんでしょうね。

 

static exposure & dynamic exposure

 

公開訳文では、「静的露光」、「動的露光」とされています。

これらの用語、実は特許情報プラットフォームで検索すれば、かなりの数が出てきます。

これだけ使われているのなら、一般的なものだろうと思いがちですが、ふたを開けてみる(実際に各明細書を見てみる)と、全てASML社による出願された特許明細書だと判明します。

露光装置、リソグラフィ関連の特許明細書なのに、特許情報プラットフォームで上記の用語を検索項目に入れても、日系の大手光学機器メーカーの特許は出てきません。

 

【原文1】

In a first mode, the step mode, the support structure MT and the substrate table WT are kept essentially stationary, while an entire pattern imparted to the radiation beam B is projected onto a target portion C at one time (i.e. a single static exposure).

【公開訳文1】

第1のモード、ステップモードでは、支持構造MT及び基板テーブルWTは、基本的に静止状態に維持される一方、放射ビームBに与えたパターン全体が1回でターゲット部分Cに投影される(すなわち単一静的露光)。

【原文2】

In a second mode, the scan mode, the support structure MT and the substrate table WT are scanned synchronously while a pattern imparted to the radiation beam B is projected onto a target portion C (i.e. a single dynamic exposure).

【公開訳文2】

第2のモード、スキャンモードでは、支持構造MT及び基板テーブルWTは同期的にスキャンされる一方、放射ビームBに与えられるパターンがターゲット部分Cに投影される(すなわち単一的露光)。

 

原文を読んだ限りでは、どちらも「ステップ・アンド・スキャナ」のことを指しています。

原文1は「ステッパ」の説明、「原文2」は「スキャナ」の説明なので、わざわざステップモード、スキャナモードと別の言いまわしをするのはなぜなのだろう、と考えてしまいました。

 

参照:ステップ・アンド・スキャナ

スキャナーの基本思想はステッパーと同じ、縮小投影の分割露光である。違いはステッパーが正方形の領域を1回の光照射(ワンショット)で露光するのに対し、スキャナーでは細長いスリット状の領域を横方向に移動しながら(走査(スキャン)しながら)、光を照射して露光することにある。

EE Times Japanより抜粋)

 

 

原文1がステッパであるのなら、このstatic exposue「静止露光」とし、また原文2がスキャナであるのなら、dynamic exposure「走査露光」とする方が適切なのではないでしょうか。

この言い回しであれば、日系企業も使用しています。

 

(11)【公開番号】特開2018-116279(P2018-116279A)
(43)【公開日】平成30年7月26日(2018.7.26)
(54)【発明の名称】照明光学装置及び投影露光装置
(71)【出願人】
【識別番号】000004112
【氏名又は名称】株式会社ニコン

【背景技術】
【0002】
半導体集積回路又は液晶ディスプレイ等の電子デバイスの微細パターンの形成に際しては、形成すべきパターンを4~5倍程度に比例拡大して描画したマスクとしてのレチクル(又はフォトマスク等)のパターンを、投影光学系を介して被露光基板(感光体)としてのウエハ(又はガラスプレート等)上に縮小して露光転写する方法が用いられている。その露光転写に際して、ステッパー等の静止露光型及びスキャニング・ステッパー等の走査露光型の投影露光装置が用いられている。投影光学系の解像度は、露光波長を投影光学系の開口数(NA)で割った値に比例する。投影光学系の開口数(NA)とは、露光用の照明光のウエハヘの最大入射角の正弦(sin)に、その光束の通過する媒質の屈折率を乗じたものである。

 

日系企業の当業者が「静止露光」や「走査露光」を使っているのなら、ASML社もそうすればいいのに…と思うのですが、実際は「静的露光」と「動的露光」が何百回も使い回しされている状態です。

ここまで上記用語が使い回しされ、定着してしまっていると、いくら翻訳者側が違和感を覚えても、変更できない状態なのかもしれませんね。

 

この他にも、step mode(ステップ方式)がステップモードと訳されていて、「モード」とすることで逃げている感が出ているかな、と感じました。

 

今回の感想

対訳をとっていて、「これは自分では思いつかないような訳だ」、「ここでは、こういう言い回しにすればいいんだ」と感心してしまうような和訳もたくさん含まれています。

良い訳はありがたく表現方法を頂戴し、悪い訳に関しては「自分はこうならないように気をつけよう」と、反面教師として使わせていただくことにします。